研究内容


細胞内寄生菌の宿主細胞内増殖機構

 マクロファージなどの貪食細胞は病原体あるいは死細胞などの異物を取り込み、消化する機能があります。これは細胞性免疫の最初のステップであり、取り込まれた異物がファゴソームに包まれ、このファゴソームとリソソームが融合することによって成立します。ところが、いくつかの細菌はマクロファージによる消化を回避し宿主細胞内で増殖することができます。これらの細菌を細胞内寄生菌と呼んでいます。菌の回避機構は大きく3つのパターンに分けられます。

1)ファゴソームとリソソームの融合を阻止する。

2)ファゴソームとリソソームが融合したとしても、その中で耐える。

3)ファゴソーム膜を破壊し、細胞質へ脱出する。

これらの分子メカニズは不明な点が多く残されています。感染成立のための重要な現象であると考えれ、私たち同様、国内外の多くの研究者が注目して研究を行っています。

 戦国時代の城の攻めと守りの方法に似ていて、かなり高度な戦略が練られているようです。この難攻不落の城をどう攻略するのか。相手の戦略を読み解き、攻略法を編み出す知的戦略ゲームなのです。

 細胞内寄生菌の一つであるブルセラはファゴソームとリソソームの融合を阻止して、宿主細胞内で増殖することが知られています。細胞内増殖能を持つ野生株はファゴソーム膜上に特定の因子を集積させることを見出しました。図の緑色はブルセラ菌(矢印)、青色はコレルテロールを示していて、ファゴソーム膜上に集積していることが観察されます。一方、細胞内増殖能を失った変異株では集積は認められません。これは私たちが研究を開始したごく初期に発見した現象で、菌が自分の都合の良いようにファゴソーム膜上の成分を改変して、細胞内での生き残りを可能にしているのではないかと考えています。これらの分子メカニズが解明されれば、菌の細胞内増殖を阻止する方法を開発できると期待しています。


野兎病菌の宿主細胞内増殖機構

 人獣共通感染症の一つである野兎病の原因菌、野兎病菌(Francisella tularensis)は宿主のマクロファージ内で増殖する典型的な細胞内寄生菌です。野兎病菌をモデルにして、菌の細胞内増殖機構の解析を行っています(図はヒト由来マクロファージ内で増殖する野兎病菌(緑色)を示しています)。

 野兎病菌はダニによって媒介されることが知られています。感染機構に関する研究に加え、ダニにおける菌の保有状況調査、ダニ体内における菌の動態解析など媒介節足動物との関わりについても研究を行っています。


原生生物宿主におけるレジオネラの共生機構


 レジオネラ(Legionella pneumophila)は、ヒトに感染するとレジオネラ肺炎やポンティアック熱といったレジオネラ症を引き起こします。その一方で、私たちの身の回りの淡水中や土壌中に広く存在する環境細菌でもあり、その環境中においては原生生物の細胞内で維持されていることが良く知られています。このことがヒトへの感染リスクの一つになっていると考えられていますが、その詳細なメカニズムは完全には明らかにされていません。

 そこで我々は、このレジオネラと原生生物との関係性を解析するツールとして、一般的な原生生物であるゾウリムシを宿主として用いる感染モデルを構築しました。ゾウリムシにレジオネラを感染させると、消化されることなくゾウリムシの食胞内で生存し、ゾウリムシとレジオネラの間で細胞内寄生、広い定義で言うところの共生関係が成立することが確認できました。

 

 一方、同じレジオネラでも、株によっては感染したゾウリムシを殺してしまい共生関係が破綻する現象が認められました。我々はその一つの要因として、レジオネラの持つlefA遺伝子が関係していることを見出しました。レジオネラはその生存戦略として、例えばこのlefAのような因子を用いることで、原生生物との関係性を自由に切り替えているのかもしれません。こうした成果を応用することで、環境中におけるレジオネラの拡散を抑制する方法の確立が期待できます。


野兎病菌の自然宿主内における共生機構

節足動物モデルとしてカイコを用いた感染機構の解析を行っています。カイコ体内では病原性のない大腸菌などは、感染しても速やかに体内から排除されます。一方、野兎病菌は感染後一定期間、体内に維持されることがわかりました。野兎病菌はカイコの血球細胞内に侵入し、生体防御反応を調節して、カイコに病気を引き起こすことなく共存しています。

 カイコ由来の血球細胞中に共生している野兎病菌(緑色)を示しています。細胞中の菌は爆発的に増殖することはなく、一定の菌数を保ちながら共存しているように見えます。たとえ免疫応答が活発化したとしても、細胞内に逃げ込んで宿主の攻撃を逃れることができます。このような特性を持つ細菌を細胞内寄生菌と呼んでいます。宿主細胞内の細菌には抗生物質も効きにくいという問題点があります。

 野兎病菌が共生しているカイコは抗菌ペプチドの発現が亢進し、外来の病原細菌に対する抵抗性が増加します。野兎病菌は人や動物には病気を引き起こしますが、節足動物などの自然宿主には役に立っているのかもしれません。野兎病菌は節足動物体内において長期間生存するための特異的な機構を保有し、ある一定の役割を担いながら、環境中における広い範囲の節足動物を宿主としていることが考えられます。

 野兎病菌にとって人や動物は「外出先」、節足動物が「自分の家」と考えると、職場で毒を吐いてるオヤジが家では絵本を読む優しいパパになるのと同じかもしれません。(MW)